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更新について

次回更新ですが月曜日以降になると思います。
理由は一身上の都合です。

それまでお待ちいただけますようご理解をお願いします。

50

俺が軽く会釈をして男とすれ違った時だった。

「あぁ。君かね。確か元巨人の選手で新しくここに入ったというのは…」
「え?あ、はい。そうですが…」
「はじめまして。私は厚生労働省雇用均等・児童家庭局局長で生田絵梨花の父です」
男はそう言うと名刺を差し出した。

厚生労働省の局長。
確かこの児童家庭局ってこういった施設を所管するところだ。
なるほど。園長が下手に出たのも納得だ。
彼のさじ加減でこの学園の明日を潰すことすら出来る。そんな権力を持っているんだ。


「君は確かプロの世界に戻りたいと言っているそうだな?」
一体どこでそんなことを。
いや。厚労省の幹部ならそんなことを知るのも朝飯前だよな。
俺は唾を飲み込んで気持ちを落ち着かせた。


「ええ。今も練習はしています」
「そうかね。君がどういう夢を追おうが私の知る由はない。ただ、娘に変な影響だけは与えないでいただきたい」
「え?」
「どうやら。君がここにきてから娘の様子が段々おかしくなっている。一体何をしたのかね?」
「何もしていません。ただ職員としての職務を果たしてるだけです」
「どうかね?この3年で娘はだいぶ自制心が芽生えていた。だが、今回のことといい娘がまた3年前みたいになっては困るのだ」
「それは違いますよ…」
「待て。何も知らぬ君が余計なことは口を出さなくて結構。とりあえず今後娘とは少し距離を置きたまえ。では時間がないので…」


父親は俺の言い分も聞かずに去っていき車に乗り込んで足早に去っていった。
それにしても俺自身が責められたこと以前に今の生田が3年前と同じにしか見えていないとは心底呆れた。
どうせ報告書やらレポートで自分の娘の全てを知った気でいるのだろう。








冗談じゃない。
そんな紙切れで彼女が今までどれだけ悔み悲しみ苦しんできたかなんて分かるはずもない。

49



中年の男は秘書らしき女性と足早に園長室へ入っていった。
そして小百合ちゃんに連れられてやってきた生田の表情はなにやら冴えない様子だ。
むしろ不満顔というべきか。
あんな不満げな表情をした生田は今までになかった。

とても気になる。
俺は耳を澄まさずにはいられなかった。


まるで中学生みたいだ。
そういえばこうやって友達と何かあれば先生の会話を盗み聞きしたもんだな。
今もこんなことやってるって俺はまるで成長していないようだ。
これも野球漬けで生きてきたツケか。



耳を澄ませるとあの男性が激怒しているようだ。




「園長。これは一体どういうことなんですか?」
「いやぁ。どういうことかと言われましてもねえ。私たちもまさに青天の霹靂ってやつで…」
「困りますね。何で私がこの子をここに預けたかもうお忘れですか?」
「いいえ。昨日のことのように覚えてます」
「ほぉ。私にはとてもそうは見えないが。まぁいい。とにかく何故絵梨花がこんなことをしたか原因を突き止めて欲しい」

中年男性は生田を下の名で呼び捨てにした。
ということはこの男は生田の父親なのか。
それにしても普段は高圧的で保護局や矯正局の人間にも容赦なく罵声を浴びせる松子園長がかなり下手に出ている。
この男は一体どんな男なのか。


「絵梨花。何でこんなことをしたのか自分の口で説明しなさい」
男が高圧的に何か説明を求めている。
俺は今にもこの扉を開けて中に入って男に蹴りの一発を浴びせたい衝動を何とか抑えることで必死だった。


「別にやりたいことをやりたいと思ったので応募したまでです」
「全然理由になっていない。何か他に理由があるんだろう。正直に言いなさい」
「今言ったことが正直なことです。私がやりたい。やるにはどうしたらいいか。考えて応募した。それだけです」
「ふざけているのか?大体私はおろか先生方に何の相談もなしにやるとは言語道断だ。私は認めんからな」
「あのぉ。生田さん…」
松子園長が何と間に入って仲裁を図ろうとしている。普段は真っ先に喧嘩腰にいくのに。
俺はまさか園長がこんな柔和な対応をしているのを見ることになるとは夢にも思わなかった。


「君は黙っていたまえ。大体3年前私がいなかったらこの学園はとっくに終わっていた。それを救ったのは誰か忘れたのかね?」
「い、いやぁ…」
「そう私だ。私があちこち根回しして何とか登録取り消しを回避できて今があるんだろ?その時の約束も忘れたか?」
「お父さん!」
「お前は何も口にするな。いいかね私は絵梨花を何とか一人前の大人になるよう教育するようにと言って預けたはずだ。君は出来る。そう言ったよな?」
「は、はぁ…」
「それがどうだね?こんな子供染みたことをしているではないか。私はね。君に失望したよ」

言われっぱなしの園長。さぞ腹の底では怒りに燃えあがっているに違いない。
だが、そんな園長が自制しなければならないものをこの男は握っているようだ。


「今日はこれで失礼するがくれぐれも今後このようなことが起きないよう指導管理を徹底したまえ」
「わ、分かりました。また近況は後日報告させていただきます」
「そうしたまえ。新内君。行くぞ」
「はい。局長」

どうやら話が終わったようだ。
俺は少しその場を離れた。

しばらくして男が秘書らしき女性と出てきた。
その立ち振る舞いはいかにも上級官僚というオーラが漂っているように見えた。

48

あの出来事からおよそ一年の月日が経とうとしていた。




12球団合同トライアウトまで残り1ヶ月をきった。
俺は乃木坂学園で体育講師として日々共同生活を送りつつ体を作ってきた。
井上さんも協力して色々なモノを運んでくださりこの片田舎の学校にちょっとしたトレーニング場ができた。
休みの日にはバッティングセンターに通い打撃練習をしたり、母校や世話になった社会人チームで練習に勤しんだ。

おかげで全盛期の頃と同じような打撃ができるまでになった。
自分に正直となり、壁が取れたことでそれが身体にも影響を与えていた。



その間に何人かの生徒を送り出した。
そして、生田もまた送り出される時が少しずつ近づいていた。




そんなある日のことだった。

「園長。ちょっと…」
橋本先生が松子園長に耳打ちをして園長室に入っていった。
俺は何事かと思いそっと扉の前に近付いた。

やってはいけないことは分かっている。
でも気になってしまうとはまだまだ俺も甘いな。

そう思って耳を澄ませた。


「え!?生田を…なんでまた」
「実は彼女。密かに応募してたみたいなんです。それで向こうが気づいたようで」
「んもぉ~まったくあいつらは次から次へと私の頭が痛くなることしやがってぇ!!」

生田が密かに応募。
何のことだ。

俺もこのことは全くの初耳だった。
毎日顔を合わせているが何か隠している様子もなかったしな。
俺はますます分からなくなった。



「先生!何か凄い車が来たよ!」
「うわぁ~カッコイイなぁ」
「あれいくらするんやろ?」

生徒たちが窓を見ながらざわついている。
俺もふと窓を見る。

するとシルバーのベンツが玄関の前に横付けした。
そして後部座席から降りて来たのは何やら金の装飾を付け、高そうなスーツを身に纏った中年男性だった。

47

夜になり俺は再びバットを振る。

今回のことで俺はひとつ飛鳥から教わった。
「己に正直になれ」ということだ。



「先生。こんな日でもバット振ってるんだ」
そこへ生田がやってきた。

「そんないくちゃんもこんな日でもここへ来たか」
「ええ。もうすっかり習慣です」
「習慣ね。やっぱり慣れには勝てんな」

俺はバッティングフォームを確認する。
あの時の岩瀬さんの投球を思い出して再び振る。
どうやらあの壁はいつの間にか超えたようだ。

「先生。いきいきしてますよね」
「あぁ。今回の1件でやっと自分の気持ちに正直になれたからな」
「正直?」
「ああ。やっぱり俺は野球諦められないわ」

そう。一度は見切りをつけてここへ来た。
でも自分はまだまだ野球がやりたい。
だから今でもこうやってバットを振っているんだ。
そう思うと俄然力も入る。


「先生。どうするんですか?」
「ああ。来年のトライアウトを受けようと思う。その間は自分なりに練習して備えるつもり」
「でもそんな簡単なことじゃないでしょ?」
「まあな。だが、ここで諦めたら終わり。1%でも可能性がある限り俺はそれに賭けてみたい」
「でもそうなったら私たちは…」

生田の悲しげな表情を見て俺は少し胸が痛んだ。
そうだよな。
そうなると別れなきゃいけなくなるからな。
でも、俺はやっぱり野球しかないんだ。
ごめんね。







「ところでもう一度聞くけどいくちゃんの夢は何だ?」
「え?何よいきなり」
「本当はミュージカル女優になりたいんじゃないのかい?」
「な、何でそれを…」

実は生田のデータは予め読んでおいた。
ここに来る前は夢があって明るくていい子だったようだ。
そこには常にミュージカルに憧れていたとある。

実際聞きとりのシートには歌唱力、リズム力、音楽性どれにおいてもトップレベルとあった。
余程期待されていたんだろう。

しかし、彼女はある事件を起こしてここへやってきた。
俺はその詳細を読んで何とも言えない気分になった。
何はともあれその事件を機に彼女は夢を追う自分まで封印してしまった。
そう推測している。

だが、もういいでしょ。
いつまでもガラスの仮面をかぶってちゃダメだ。
前を向かなければ。


「でも私なんかが夢なんて…」
「いいんだよ。どんな過去があったって夢はみたっていいんだ。ダメなのは自分自身を偽ることだ」
「偽る?」
「そう。今のいくちゃんは自分を偽ってる。夢があるのにそんな自分に背を向けている」
「それは…」
「確かに色々あったのは分かる。でもそれで自分の夢を捨てちゃダメだ」
「ダメなの。私なんかが…」
「例えどんな間違いを犯したとしても夢は見ていいんだよ。だから前を向け。自分に正直になれよ」

俺の言った一言で生田の目から涙が零れおちた。
俺に出来ることはただ生田の思いを受け止めることしかなかった。


初めて自分に正直になれた日。
正直になることってこんなにも気持ちがいいモノなのか。
何となく今まで悩んだ日々が何だったのだろうかと思える。
何でもう少し早く正直にならなかったのだろう。
そんなことを考える。


人生なんてそんなものかもしれない。
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