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「まあこんなこともあった」


俺のこの話を他人にしようと思ったのは自分自身でも予想外だった。
何しろ人生でこれほど抹消したい過去はないと思っていたからだ。

打てると調子に乗ってフルスイングして三振して試合どころかシーズンも終えたと同時に大怪我までしてしまった。
そんな自分が嫌で仕方なかった。

しかし飛鳥を見て思った。
何で俺がこの日の出来事が嫌だったのか。


そう、そんな情けない自分が嫌だったのだ。


話は育成再契約を持ちかけられた時のことだ。


「俺もういいっすよ」
「なぁ。もう一度考え直せ」

俺はバカバカしくなって話を断って引退しようとした。
それを井上さんは懸命に説得している。

「もう一度やり直してみよう。俺もついてやるから」
「いや。育成で契約して這い上がれた人なんていないでしょ。みんなクビになったじゃないですか」
「それはそいつらの実力だ。でもお前にも可能性は残るんだぞ」
「実に僅かなもんでしょ。それに俺のせいで今シーズンは終わりファンも俺がクビになるの期待してますよ」
「そんなことないって。お前ならやれる」
「もうどうでもいいんすよ。俺なんかいなくても代わりはいくらでもいるでしょ?もうほっといてくださいよ!」

そう言い放った瞬間に井上さんは黙って席を立ち、俺の袖を掴んでグラウンドへ引っ張っていった。
俺はわけも分からずただ引っ張られるがままにグラウンドへ連れて行かれた。


「お前。一人で野球やってるつもりか?」
「は?いきなりなんすか?」

その時見た井上さんの表情はものすごく怖かった。
後にも先にもこれほど厳しい表情をした井上さんは見たことがない。

「お前が辞めたいんなら勝手にすればいいがそいつは逃げるのと同じだぞ」
「逃げる?そんなつもりじゃ…」
「逃げてるだろ!お前はただ情けない自分が嫌で逃げようとしてるだけだ」

それを聞いて俺はものすごい衝撃を受けた。
井上さんは続ける。

「いいか。お前は自分のせいでと責めればいい。だが、こんなことで野球辞めてみんなそれでいいと思うのか?」
「しかし俺なんか…」
「そんなお前の為に練習に付き合った俺やコーチや裏方さんは?チームの仲間は?起用してくれた原監督は?そして何よりお前に野球をする為に頑張った親御さんや少年野球、学校、社会人のチームのみんなは?どうなんだ?」

俺は走馬灯のように野球に出会いここまでの日々を振り返っていった。

初めてバットを持った日。
初めてキャッチボールをした日。
初めてホームランを打った日。
野球部で地区大会に優勝した日。
地方大会決勝で惜しくも敗れてみんなで泣いた日。
センバツでサヨナラヒットを放った日。
ドラフトで指名されずに泣いた日。
社会人チームで都市対抗戦に出た日。
巨人から1位指名を受けた日。

色々考えた時に浮かんだのは家族、仲間、恩師。それぞれの笑顔だった。

何やってるんだ俺。
俺がここで野球辞めたらみんな悲しむじゃないか。
まだ辞める時じゃない。
もう一度やってみよう。
育成から這い上がってみせよう。


「井上さん。俺明日サインしてきます。400万でもいいっす。もう一度俺を鍛えてください」
「お前なら分かってくれると思っていたよ」

こうして俺は常に人に支えられて生きているのだと実感した。
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