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「びっくりした。誰かと思ったら…」

俺が振り向くとそこに立っていたのは生田だった。

「ごめんなさい。眠れずに部屋から見たら先生が走ってるのが見えて…」
「あぁ。なかなか昔の習慣が抜けなくてな」
「何となく分かります。でももう野球選手を辞めたんですよね」
「あぁ。野球とは綺麗さっぱり縁を切った。だからここに来たんだ」
「でも辛くなかったんですか?せっかくプロ野球選手になれたのに…」
「そりゃ最初はね。案外あっさりとクビになった。まぁだから諦めつけるのは早かったさ」
「でもまだ戻るチャンスはあったのにどうして?多分子どもの頃から野球をしてたはずじゃ…」
「まぁな。5歳から少年野球チームに入り、高校から親元離れて強豪校に入学。そして名門社会人チームで3年やって巨人に入った」
「何かすごい…」

生田が初めてほほ笑んでくれた。
この笑顔は玄関を照らすLEDの白いライトよりも眩しく見えた。

「まぁ結局5年やって一軍じゃ1本しかヒット打たず最後の2年間は一軍すら呼ばれずに終わったよ」
「そうだったんですね。やっぱり夢って簡単じゃないんだ」
「そりゃあそうさ。しかもスポーツの世界は若いうちだけでセカンドキャリアの方が長いからね」
「だから引退を」
「そう。いつまでも野球にしがみついたところで年齢は上がるし体力も衰える。現にまともなスイングすらできない俺がやっても無駄さ」

一体何を語っているのだろう。
しかし真剣に聞いてくれる生田を見て俺はかつてプロへの夢を追いかけてた時代を思い出した。

「生田ちゃんだっけ?ごめん。何とかみんなの顔と名前を覚えようとしてるんだけどモノ覚えが悪くてさ」
「いいんです。それにみんな私のことはいくちゃんって呼んでるので先生もよかったら…」
「ああ。じゃあいくちゃんは夢あるの?」
「えっ!?」

俺、何かマズイことを聞いてしまったか。
生田は俺の問いかけを聞いて驚いたような表情をしていつの間にか悲しげな表情になった。
そんなとんでもない質問だったかな。

「あっ…いや。今日草笛とピアノを聞いてさ。すごく良かったからもしかしたらピアニストとかになりたいんじゃないかってね」
俺は必死にフォローをしようとしている。
彼女を傷つけたくない。

しかし、そんなフォローがかえって傷口に塩を塗るような愚行となることもある。
生田は立ちあがって玄関の方へ歩いていく。

そして去り際に放った一言は俺に衝撃と疑念をもたらせた。







「私…。夢を見ちゃいけないんです」

こうして去っていった生田を引きとめる言葉は俺の頭の引き出しからは何も出なかった。
そして、彼女が立っていた階段のところに小さく丸いシミが出来ていた。
これが彼女の目からこぼれおちたものだと容易に想像できた。

あーくそったれ。

俺はがむしゃらに走りだした。
まるで彼女を傷つけた自分を戒めるように。
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