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54


「おいおい誰かと思ったら随分久しぶりじゃないかい」
「これは神父様」
「え?井上さん。神父様をご存じで?」
「ああ。実はな…」

現れたのは乃木坂教会の神父である深川雅彦氏。この地区でも有力者の一人だ。
更には荒れていた麻衣を養子に迎え修道女として育てた方でもある。
しかし井上さんと知り合いだったことは知らなかった。

聞くところによると井上さんと神父はこの辺りでの野球塾の開催の時に知り合ったそうだ。
現役時代から世話になっていたという。


そういえば兼ねてから気になっていたのが何故井上さんが俺にここへ来るように勧めたのかだ。
それがずっと気になっていた。
確かに小百合ちゃんが働いているのが縁で呼んだのだと思った。
だが、彼女もまた就活に失敗していたところに井上さんから勧められて来たというからそれ以前から知っていたということだ。

そうなると一体どういうことか。

いや、いけない。
もうトライアウトまで時間がない。
そんなことを考えてまたフォームを崩してしまってはいけない。
俺は必死に邪推を振り切るようにバットを振った。





「しかしあのことはまだ彼には…」
神父が井上に何やら耳元で囁いている。

「いやぁまだ言う時期じゃないでしょ。それにまたプロに戻るとなると…」
「だが、もう麻衣は耐えられんぞ」
「分かっていますが今あいつは大事な時期なんです。今はあのことを知られては…」
「しかしなぁ…もうワシには抑えきれんぞ」
「早急に手を打たないといけませんな」

俺はそれが気になりつつバットを無心に振っていた。

「あっ足の上げ方が何か違う…」
俺はふと手を止めた。
振り向くとそこにはしゃがみこんで見ていた生田の姿があった。

「そうか。完璧なフォームだったが…」
「全然違ったよ。先生他事考えてる時いつも足が少し高く上がってる」

何ということだ。
いつの間にそこまで見抜けるようになっているとは。
やはりただの子じゃない。




「あの子のこともどうにかせんとなあ」
「そうですね。でもあの子がいたからあいつはここまでやれたんですよ」
「そうだな。生田絵梨花。あの子だけが誤算じゃったわ」
「それにあの子はあの人の娘さんですからな。話が余計にややこしくなりますよ」

俺と生田が笑顔で話しているほんの少し離れたところでは神父と井上さんが深刻そうな表情をしていた。
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53

「いいかね。くれぐれも頼んだぞ」
「しかし…」
「しかしも何もない。元は君が撒いた種ではないか」
「そうですけど…。でもここまでやるのは…」


「君は3年前にあんなことをして学園存続の危機を招き、私が何とかしたのをもう忘れたのか」
「いえ。あの時のことは今でも忘れていません」
「もし忘れていないならこの願いも快く受け入れるのが筋ではないのかね?」
「そうですけど。でも娘さんは…」


「これは娘の為にやるんだ。これ以上あの男の影響を受けさせるわけにはいかない」
「でも娘さんはいい方向に変わりつつあるんですよ。それなのに…」
「別にいい方向なんか向く必要はない。あいつの存在は世に知らせるわけにはいかんのだよ」
「それで私に夢を潰す片棒を担げと…?」
「おいおい言い方が悪いな。私はただ娘が面倒なことをしないようにしたいだけだ」

「私。父母の顔は全く分かりませんけどあなたのような方が父親でなくてよかったと思います」
「何とでも言いたまえ。私は君一人の人生を簡単に奈落の底に落せる材料は持ち合わせているんだ」
「う…」
「いいか。君が守りたいものを守るには私に協力するしかほかがないんだよ。分かったら早速実行したまえ」

「わ、分かりました」
「それでいい。まあ君は所詮私を無碍にはできないのだからな。新内君。車を回したまえ」
「はい、局長」

52




「いよぉ~やってんなぁ!!」

トライアウトまで残り一週間となった時に何やら聞き覚えのある声が耳に入った。
ふと振り返るとやはり井上さんであった。

「ちょっと。どうしたんです?」
「どうもこうもない。激励だよ」
「いや井上さんが激励とか顔に似合わないことを…」
「バカヤロー。誰のおかげでここまでやれたんだよ」
「分かってますってもうすぐムキになるんですから」

このやり取りは日常茶飯事だ。
久々に会う恩師の顔を見て俺は一層やる気が出てきた。


「しっかしみんな可愛い子ばっかりやなぁ。道を外した子たちとは思えん」
「あいつらは根はみんないい奴なんです。ただちょっと寄り道が過ぎただけです」
「お前もプロ入る前は色々あったからな」
「もういいじゃないっすか。過去は過去。今はとりあえずトライアウトっすよ」

笑いながら話をしながらもトスバッティングをする。
思えば現役時代もこんなやり取りをしていたな。
もう一度井上さんとユニフォーム姿でこうして練習がやりたい。
俺のやる気はますます増していった。

やはり凄いわ。
どうしたら俺は彼女達をここまでやる気にさせてやれるんだろうか。
俺は力もあるし技もある。
しかしそれは野球だけで実際彼女達の生活改善の役には立っていない。

プロ野球に入るのは東大に入ることより困難と言われる。
だが、それ以上に一度汚名を残した彼女達が社会で一人前にやっていくのも難しい。
実際には挫折して再び犯罪の道に走って抜け出せない子たちの方が圧倒的に多いそうだ。
だが、そんな風にはさせたくない。

一体俺には何が出来るんだろうか。
俺はふと考え込んだ。


「おいどうした?はぁさてはまたあの子に見惚れてたのか?」
井上さんがタオルを投げてきてそう言うと我に戻った。

そしてふと玄関の方を見ると笑顔で俺らの方をみていた生田の姿があった。


「あの子最初に見た時からすっかり自然な笑顔になったよな。お前のおかげじゃないか?」
「え…?そ、そんなわけないじゃないすか。俺は野球以外に取り柄ないっすよ」
「いや。お前はあの子を変えてる。人は意外なところで人を変えているもんだ」

俺が変えている。

俺はふと今までのことを振り返ってみた。

51

「では、今日はここまでにしましょう」


乃木坂学園では月に一度教会から神父と修道女を招いて懺悔の時間を設けている。
これは入った彼女達が自らの罪と向き合い、これからどう生きていくかを考えるためである。

俺は特にここまで罪とかそういうのを考えて生きてこなかった。
だから宗教に興味もなかったし神の教えがどうのなんて考えてもいなかった。


しかしその時間を覗くと意外にこういう教えは身近なところにある。
素朴な疑問、やったことなどを振り返れば当てはまることも多い。
そう考えると神の教えというのは理にかなっているものだと感心する。

彼女達は既にとんでもない十字架を抱えた子たちだ。
その彼女達が社会で再出発するのは容易なことでもない。
データ社会の現代。簡単に過去に犯した罪の記録は消えない。
一般の人でさえ働き口に困る現代で彼女達がまともに生きていける環境が十分整っているとはいえない。
今よりも寧ろここを出てからの方が試練は多い。
それでダメになりまたも罪を犯したり自らの命を投げうつ人も少なくはないという。


当初この時間は誰も参加していなかったり参加しても私語ばかりが目立つ酷いものだったそうだ。
それが一変したのは深川が修道女として関わるようになった2年ほど前のことだ。
彼女自身も罪を犯し、この学園で更生してきただけあって彼女達の心を掴みやすかったのだろう。

そういうわけで今日も非常に穏やかに時間は過ぎた。





「どうですか?」
聖書を両手で持った深川が尋ねてくる。

「え?あぁ順調っすよ。プロにいた時よりも体はよく動くし」
「でも今からプロに戻るのはすごく難しいみたいですが…」
「でも過去には浪人からプロへ戻った選手もいるので僅かな可能性に賭けてみないと」
「でもどうしてそんなことを…?」

深川の表情が一瞬曇る。
俺はそのことにも気付かず話し続ける。

「それに俺は野球だけしか生きてこなかった。ここまで育ててくれた人たちやここにいるみんなに恩返しするには野球しかないんすよ」
「育ててくれた人…ですか」
「特に親にはね。随分わがままにやってきたのにこんなところで諦めるのは何か違うと思って」
「親か…」
「あっすみません。何か喋りすぎたようで」
「いえ。それにしてもあなたは幸せ者だと思います。とても羨ましいです」

深川はそう言うと足早に去っていった。
俺は廊下を見るとそこに小さな水滴が少し落ちているのに気づいた。

色々複雑なんだなあ
この時はまだ俺は彼女のことをそこまでは意識していなかった。

更新について

次回更新ですが月曜日以降になると思います。
理由は一身上の都合です。

それまでお待ちいただけますようご理解をお願いします。

50

俺が軽く会釈をして男とすれ違った時だった。

「あぁ。君かね。確か元巨人の選手で新しくここに入ったというのは…」
「え?あ、はい。そうですが…」
「はじめまして。私は厚生労働省雇用均等・児童家庭局局長で生田絵梨花の父です」
男はそう言うと名刺を差し出した。

厚生労働省の局長。
確かこの児童家庭局ってこういった施設を所管するところだ。
なるほど。園長が下手に出たのも納得だ。
彼のさじ加減でこの学園の明日を潰すことすら出来る。そんな権力を持っているんだ。


「君は確かプロの世界に戻りたいと言っているそうだな?」
一体どこでそんなことを。
いや。厚労省の幹部ならそんなことを知るのも朝飯前だよな。
俺は唾を飲み込んで気持ちを落ち着かせた。


「ええ。今も練習はしています」
「そうかね。君がどういう夢を追おうが私の知る由はない。ただ、娘に変な影響だけは与えないでいただきたい」
「え?」
「どうやら。君がここにきてから娘の様子が段々おかしくなっている。一体何をしたのかね?」
「何もしていません。ただ職員としての職務を果たしてるだけです」
「どうかね?この3年で娘はだいぶ自制心が芽生えていた。だが、今回のことといい娘がまた3年前みたいになっては困るのだ」
「それは違いますよ…」
「待て。何も知らぬ君が余計なことは口を出さなくて結構。とりあえず今後娘とは少し距離を置きたまえ。では時間がないので…」


父親は俺の言い分も聞かずに去っていき車に乗り込んで足早に去っていった。
それにしても俺自身が責められたこと以前に今の生田が3年前と同じにしか見えていないとは心底呆れた。
どうせ報告書やらレポートで自分の娘の全てを知った気でいるのだろう。








冗談じゃない。
そんな紙切れで彼女が今までどれだけ悔み悲しみ苦しんできたかなんて分かるはずもない。

49



中年の男は秘書らしき女性と足早に園長室へ入っていった。
そして小百合ちゃんに連れられてやってきた生田の表情はなにやら冴えない様子だ。
むしろ不満顔というべきか。
あんな不満げな表情をした生田は今までになかった。

とても気になる。
俺は耳を澄まさずにはいられなかった。


まるで中学生みたいだ。
そういえばこうやって友達と何かあれば先生の会話を盗み聞きしたもんだな。
今もこんなことやってるって俺はまるで成長していないようだ。
これも野球漬けで生きてきたツケか。



耳を澄ませるとあの男性が激怒しているようだ。




「園長。これは一体どういうことなんですか?」
「いやぁ。どういうことかと言われましてもねえ。私たちもまさに青天の霹靂ってやつで…」
「困りますね。何で私がこの子をここに預けたかもうお忘れですか?」
「いいえ。昨日のことのように覚えてます」
「ほぉ。私にはとてもそうは見えないが。まぁいい。とにかく何故絵梨花がこんなことをしたか原因を突き止めて欲しい」

中年男性は生田を下の名で呼び捨てにした。
ということはこの男は生田の父親なのか。
それにしても普段は高圧的で保護局や矯正局の人間にも容赦なく罵声を浴びせる松子園長がかなり下手に出ている。
この男は一体どんな男なのか。


「絵梨花。何でこんなことをしたのか自分の口で説明しなさい」
男が高圧的に何か説明を求めている。
俺は今にもこの扉を開けて中に入って男に蹴りの一発を浴びせたい衝動を何とか抑えることで必死だった。


「別にやりたいことをやりたいと思ったので応募したまでです」
「全然理由になっていない。何か他に理由があるんだろう。正直に言いなさい」
「今言ったことが正直なことです。私がやりたい。やるにはどうしたらいいか。考えて応募した。それだけです」
「ふざけているのか?大体私はおろか先生方に何の相談もなしにやるとは言語道断だ。私は認めんからな」
「あのぉ。生田さん…」
松子園長が何と間に入って仲裁を図ろうとしている。普段は真っ先に喧嘩腰にいくのに。
俺はまさか園長がこんな柔和な対応をしているのを見ることになるとは夢にも思わなかった。


「君は黙っていたまえ。大体3年前私がいなかったらこの学園はとっくに終わっていた。それを救ったのは誰か忘れたのかね?」
「い、いやぁ…」
「そう私だ。私があちこち根回しして何とか登録取り消しを回避できて今があるんだろ?その時の約束も忘れたか?」
「お父さん!」
「お前は何も口にするな。いいかね私は絵梨花を何とか一人前の大人になるよう教育するようにと言って預けたはずだ。君は出来る。そう言ったよな?」
「は、はぁ…」
「それがどうだね?こんな子供染みたことをしているではないか。私はね。君に失望したよ」

言われっぱなしの園長。さぞ腹の底では怒りに燃えあがっているに違いない。
だが、そんな園長が自制しなければならないものをこの男は握っているようだ。


「今日はこれで失礼するがくれぐれも今後このようなことが起きないよう指導管理を徹底したまえ」
「わ、分かりました。また近況は後日報告させていただきます」
「そうしたまえ。新内君。行くぞ」
「はい。局長」

どうやら話が終わったようだ。
俺は少しその場を離れた。

しばらくして男が秘書らしき女性と出てきた。
その立ち振る舞いはいかにも上級官僚というオーラが漂っているように見えた。

48

あの出来事からおよそ一年の月日が経とうとしていた。




12球団合同トライアウトまで残り1ヶ月をきった。
俺は乃木坂学園で体育講師として日々共同生活を送りつつ体を作ってきた。
井上さんも協力して色々なモノを運んでくださりこの片田舎の学校にちょっとしたトレーニング場ができた。
休みの日にはバッティングセンターに通い打撃練習をしたり、母校や世話になった社会人チームで練習に勤しんだ。

おかげで全盛期の頃と同じような打撃ができるまでになった。
自分に正直となり、壁が取れたことでそれが身体にも影響を与えていた。



その間に何人かの生徒を送り出した。
そして、生田もまた送り出される時が少しずつ近づいていた。




そんなある日のことだった。

「園長。ちょっと…」
橋本先生が松子園長に耳打ちをして園長室に入っていった。
俺は何事かと思いそっと扉の前に近付いた。

やってはいけないことは分かっている。
でも気になってしまうとはまだまだ俺も甘いな。

そう思って耳を澄ませた。


「え!?生田を…なんでまた」
「実は彼女。密かに応募してたみたいなんです。それで向こうが気づいたようで」
「んもぉ~まったくあいつらは次から次へと私の頭が痛くなることしやがってぇ!!」

生田が密かに応募。
何のことだ。

俺もこのことは全くの初耳だった。
毎日顔を合わせているが何か隠している様子もなかったしな。
俺はますます分からなくなった。



「先生!何か凄い車が来たよ!」
「うわぁ~カッコイイなぁ」
「あれいくらするんやろ?」

生徒たちが窓を見ながらざわついている。
俺もふと窓を見る。

するとシルバーのベンツが玄関の前に横付けした。
そして後部座席から降りて来たのは何やら金の装飾を付け、高そうなスーツを身に纏った中年男性だった。

47

夜になり俺は再びバットを振る。

今回のことで俺はひとつ飛鳥から教わった。
「己に正直になれ」ということだ。



「先生。こんな日でもバット振ってるんだ」
そこへ生田がやってきた。

「そんないくちゃんもこんな日でもここへ来たか」
「ええ。もうすっかり習慣です」
「習慣ね。やっぱり慣れには勝てんな」

俺はバッティングフォームを確認する。
あの時の岩瀬さんの投球を思い出して再び振る。
どうやらあの壁はいつの間にか超えたようだ。

「先生。いきいきしてますよね」
「あぁ。今回の1件でやっと自分の気持ちに正直になれたからな」
「正直?」
「ああ。やっぱり俺は野球諦められないわ」

そう。一度は見切りをつけてここへ来た。
でも自分はまだまだ野球がやりたい。
だから今でもこうやってバットを振っているんだ。
そう思うと俄然力も入る。


「先生。どうするんですか?」
「ああ。来年のトライアウトを受けようと思う。その間は自分なりに練習して備えるつもり」
「でもそんな簡単なことじゃないでしょ?」
「まあな。だが、ここで諦めたら終わり。1%でも可能性がある限り俺はそれに賭けてみたい」
「でもそうなったら私たちは…」

生田の悲しげな表情を見て俺は少し胸が痛んだ。
そうだよな。
そうなると別れなきゃいけなくなるからな。
でも、俺はやっぱり野球しかないんだ。
ごめんね。







「ところでもう一度聞くけどいくちゃんの夢は何だ?」
「え?何よいきなり」
「本当はミュージカル女優になりたいんじゃないのかい?」
「な、何でそれを…」

実は生田のデータは予め読んでおいた。
ここに来る前は夢があって明るくていい子だったようだ。
そこには常にミュージカルに憧れていたとある。

実際聞きとりのシートには歌唱力、リズム力、音楽性どれにおいてもトップレベルとあった。
余程期待されていたんだろう。

しかし、彼女はある事件を起こしてここへやってきた。
俺はその詳細を読んで何とも言えない気分になった。
何はともあれその事件を機に彼女は夢を追う自分まで封印してしまった。
そう推測している。

だが、もういいでしょ。
いつまでもガラスの仮面をかぶってちゃダメだ。
前を向かなければ。


「でも私なんかが夢なんて…」
「いいんだよ。どんな過去があったって夢はみたっていいんだ。ダメなのは自分自身を偽ることだ」
「偽る?」
「そう。今のいくちゃんは自分を偽ってる。夢があるのにそんな自分に背を向けている」
「それは…」
「確かに色々あったのは分かる。でもそれで自分の夢を捨てちゃダメだ」
「ダメなの。私なんかが…」
「例えどんな間違いを犯したとしても夢は見ていいんだよ。だから前を向け。自分に正直になれよ」

俺の言った一言で生田の目から涙が零れおちた。
俺に出来ることはただ生田の思いを受け止めることしかなかった。


初めて自分に正直になれた日。
正直になることってこんなにも気持ちがいいモノなのか。
何となく今まで悩んだ日々が何だったのだろうかと思える。
何でもう少し早く正直にならなかったのだろう。
そんなことを考える。


人生なんてそんなものかもしれない。

46

「分かっただろ。お前が捕まったらこれだけ悲しむ人間がいるんだぞ」
「でもバカだよ。何で私みたいなのの為にそんなこと…」

飛鳥は涙を流しながらも強がっている。
いい感じだ。

「確かにバカだ。他に得策はいくらでもあったんだからな。でもそんなリスクを背負ってでもお前を救い出したかった。その気持ちは察してやれ」

その時生田が飛鳥のところへ行く。

「私は悔しい。何であしゅの苦しみを分かってあげられなかったんだろう。今でもそんな自分が許せない」
「そんな…いくちゃんだって…」
「それに先生の話を聞いて分かった。あしゅはきいちゃんを守りたかったんだよね。それって立派だよ」
「そんな…きいちゃんは私の…」
飛鳥がそう言いかけた時に北野が立ちあがる。

「いいんだよ。私何も怒ってないよ。寧ろあっしゅんが私の為に動いてくれて嬉しかった」
「でも…」
「だけどこんなのあんまりだよ。一人で責任感じて警察行くなんて。あっしゅんがいなかったら私は…私は…」
そう言って泣き崩れる北野。それを見かねた飛鳥が北野に抱きついた。

「ごめん。きいちゃん分かってやれなくて…」
「ホントだよ。あっしゅんがいなくなったらもうここにはいられないよ」




「人は誰かに迷惑をかけるし傷つける。だが、それでいいんだ。それが誰かの為ならばな…」
俺はそう呟いて部屋を出た。

もうこの場にいられなかったのだ。
泣きじゃくりながら抱き合う飛鳥と北野を見ていると涙が出そうだからだ。
乙女の前で男泣きなんてできるか。

俺はそのまま自分の部屋に戻って涙を拭った。
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