スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

休載

随分お久しぶりとなりました。千葉です。
突然ですが年末年始に向けて多忙を極めておりなかなか妄想できる時間がとれていません。
ですので年明けまではお休みさせてください。

1月半ばには落ち着くかと思いますのでそれまでお待ちいただければ幸いです。
スポンサーサイト

54


「おいおい誰かと思ったら随分久しぶりじゃないかい」
「これは神父様」
「え?井上さん。神父様をご存じで?」
「ああ。実はな…」

現れたのは乃木坂教会の神父である深川雅彦氏。この地区でも有力者の一人だ。
更には荒れていた麻衣を養子に迎え修道女として育てた方でもある。
しかし井上さんと知り合いだったことは知らなかった。

聞くところによると井上さんと神父はこの辺りでの野球塾の開催の時に知り合ったそうだ。
現役時代から世話になっていたという。


そういえば兼ねてから気になっていたのが何故井上さんが俺にここへ来るように勧めたのかだ。
それがずっと気になっていた。
確かに小百合ちゃんが働いているのが縁で呼んだのだと思った。
だが、彼女もまた就活に失敗していたところに井上さんから勧められて来たというからそれ以前から知っていたということだ。

そうなると一体どういうことか。

いや、いけない。
もうトライアウトまで時間がない。
そんなことを考えてまたフォームを崩してしまってはいけない。
俺は必死に邪推を振り切るようにバットを振った。





「しかしあのことはまだ彼には…」
神父が井上に何やら耳元で囁いている。

「いやぁまだ言う時期じゃないでしょ。それにまたプロに戻るとなると…」
「だが、もう麻衣は耐えられんぞ」
「分かっていますが今あいつは大事な時期なんです。今はあのことを知られては…」
「しかしなぁ…もうワシには抑えきれんぞ」
「早急に手を打たないといけませんな」

俺はそれが気になりつつバットを無心に振っていた。

「あっ足の上げ方が何か違う…」
俺はふと手を止めた。
振り向くとそこにはしゃがみこんで見ていた生田の姿があった。

「そうか。完璧なフォームだったが…」
「全然違ったよ。先生他事考えてる時いつも足が少し高く上がってる」

何ということだ。
いつの間にそこまで見抜けるようになっているとは。
やはりただの子じゃない。




「あの子のこともどうにかせんとなあ」
「そうですね。でもあの子がいたからあいつはここまでやれたんですよ」
「そうだな。生田絵梨花。あの子だけが誤算じゃったわ」
「それにあの子はあの人の娘さんですからな。話が余計にややこしくなりますよ」

俺と生田が笑顔で話しているほんの少し離れたところでは神父と井上さんが深刻そうな表情をしていた。

53

「いいかね。くれぐれも頼んだぞ」
「しかし…」
「しかしも何もない。元は君が撒いた種ではないか」
「そうですけど…。でもここまでやるのは…」


「君は3年前にあんなことをして学園存続の危機を招き、私が何とかしたのをもう忘れたのか」
「いえ。あの時のことは今でも忘れていません」
「もし忘れていないならこの願いも快く受け入れるのが筋ではないのかね?」
「そうですけど。でも娘さんは…」


「これは娘の為にやるんだ。これ以上あの男の影響を受けさせるわけにはいかない」
「でも娘さんはいい方向に変わりつつあるんですよ。それなのに…」
「別にいい方向なんか向く必要はない。あいつの存在は世に知らせるわけにはいかんのだよ」
「それで私に夢を潰す片棒を担げと…?」
「おいおい言い方が悪いな。私はただ娘が面倒なことをしないようにしたいだけだ」

「私。父母の顔は全く分かりませんけどあなたのような方が父親でなくてよかったと思います」
「何とでも言いたまえ。私は君一人の人生を簡単に奈落の底に落せる材料は持ち合わせているんだ」
「う…」
「いいか。君が守りたいものを守るには私に協力するしかほかがないんだよ。分かったら早速実行したまえ」

「わ、分かりました」
「それでいい。まあ君は所詮私を無碍にはできないのだからな。新内君。車を回したまえ」
「はい、局長」

52




「いよぉ~やってんなぁ!!」

トライアウトまで残り一週間となった時に何やら聞き覚えのある声が耳に入った。
ふと振り返るとやはり井上さんであった。

「ちょっと。どうしたんです?」
「どうもこうもない。激励だよ」
「いや井上さんが激励とか顔に似合わないことを…」
「バカヤロー。誰のおかげでここまでやれたんだよ」
「分かってますってもうすぐムキになるんですから」

このやり取りは日常茶飯事だ。
久々に会う恩師の顔を見て俺は一層やる気が出てきた。


「しっかしみんな可愛い子ばっかりやなぁ。道を外した子たちとは思えん」
「あいつらは根はみんないい奴なんです。ただちょっと寄り道が過ぎただけです」
「お前もプロ入る前は色々あったからな」
「もういいじゃないっすか。過去は過去。今はとりあえずトライアウトっすよ」

笑いながら話をしながらもトスバッティングをする。
思えば現役時代もこんなやり取りをしていたな。
もう一度井上さんとユニフォーム姿でこうして練習がやりたい。
俺のやる気はますます増していった。

やはり凄いわ。
どうしたら俺は彼女達をここまでやる気にさせてやれるんだろうか。
俺は力もあるし技もある。
しかしそれは野球だけで実際彼女達の生活改善の役には立っていない。

プロ野球に入るのは東大に入ることより困難と言われる。
だが、それ以上に一度汚名を残した彼女達が社会で一人前にやっていくのも難しい。
実際には挫折して再び犯罪の道に走って抜け出せない子たちの方が圧倒的に多いそうだ。
だが、そんな風にはさせたくない。

一体俺には何が出来るんだろうか。
俺はふと考え込んだ。


「おいどうした?はぁさてはまたあの子に見惚れてたのか?」
井上さんがタオルを投げてきてそう言うと我に戻った。

そしてふと玄関の方を見ると笑顔で俺らの方をみていた生田の姿があった。


「あの子最初に見た時からすっかり自然な笑顔になったよな。お前のおかげじゃないか?」
「え…?そ、そんなわけないじゃないすか。俺は野球以外に取り柄ないっすよ」
「いや。お前はあの子を変えてる。人は意外なところで人を変えているもんだ」

俺が変えている。

俺はふと今までのことを振り返ってみた。

51

「では、今日はここまでにしましょう」


乃木坂学園では月に一度教会から神父と修道女を招いて懺悔の時間を設けている。
これは入った彼女達が自らの罪と向き合い、これからどう生きていくかを考えるためである。

俺は特にここまで罪とかそういうのを考えて生きてこなかった。
だから宗教に興味もなかったし神の教えがどうのなんて考えてもいなかった。


しかしその時間を覗くと意外にこういう教えは身近なところにある。
素朴な疑問、やったことなどを振り返れば当てはまることも多い。
そう考えると神の教えというのは理にかなっているものだと感心する。

彼女達は既にとんでもない十字架を抱えた子たちだ。
その彼女達が社会で再出発するのは容易なことでもない。
データ社会の現代。簡単に過去に犯した罪の記録は消えない。
一般の人でさえ働き口に困る現代で彼女達がまともに生きていける環境が十分整っているとはいえない。
今よりも寧ろここを出てからの方が試練は多い。
それでダメになりまたも罪を犯したり自らの命を投げうつ人も少なくはないという。


当初この時間は誰も参加していなかったり参加しても私語ばかりが目立つ酷いものだったそうだ。
それが一変したのは深川が修道女として関わるようになった2年ほど前のことだ。
彼女自身も罪を犯し、この学園で更生してきただけあって彼女達の心を掴みやすかったのだろう。

そういうわけで今日も非常に穏やかに時間は過ぎた。





「どうですか?」
聖書を両手で持った深川が尋ねてくる。

「え?あぁ順調っすよ。プロにいた時よりも体はよく動くし」
「でも今からプロに戻るのはすごく難しいみたいですが…」
「でも過去には浪人からプロへ戻った選手もいるので僅かな可能性に賭けてみないと」
「でもどうしてそんなことを…?」

深川の表情が一瞬曇る。
俺はそのことにも気付かず話し続ける。

「それに俺は野球だけしか生きてこなかった。ここまで育ててくれた人たちやここにいるみんなに恩返しするには野球しかないんすよ」
「育ててくれた人…ですか」
「特に親にはね。随分わがままにやってきたのにこんなところで諦めるのは何か違うと思って」
「親か…」
「あっすみません。何か喋りすぎたようで」
「いえ。それにしてもあなたは幸せ者だと思います。とても羨ましいです」

深川はそう言うと足早に去っていった。
俺は廊下を見るとそこに小さな水滴が少し落ちているのに気づいた。

色々複雑なんだなあ
この時はまだ俺は彼女のことをそこまでは意識していなかった。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。